天才のはなし
ロシアは18世紀以来、科学の天才の世界的宝庵の一つでした。
ロモノーソフ(1711~1765)をご存知でしょうか。
ソ連で現在「レオナルド・ダ・ヴインチ、フランクリン、ゲーテさえ彼にくらべれば専門的で狭い」(科学アカデミー総裁バビロブ)とまで評価されている入です。
この誇りが不当でないことを『岩波西洋人名辞典』の解説が裏書しています。
「・シアの科学界を支配するドイツ人学者に抗してロシアにおける科学の発達、科学者の養成、物理学、化学、鉱物学、地理学などに大きな業績を残した」「ラボアジェに先立ち、金属の燃焼が金属と空気の一成分との結合であることを証明する実験を試み」「今日の分子と原子に相当する粒子と元素の、区別を主張し」「近代ロシア詩の基礎を確立し」「彼の顛詩によってロシア文学は真の意味での芸術となった」というのです。
彼はロシア文学ばかりか「ロシア科学のピョートル大帝」であったのです。
熱運動、気体運動、加熱炉内の火炎の流体力学すら、彼のロートアイアン研究対象でした。
19世紀の金属学の創始者の1人デミトリー・チェルノブ(1839~1911)は、周期律のメンデレーフ(1834~1907)、植物の光合成のチミリャーゼフ(1843~1920)らとともに、まさにロモノーソフの申し子だったのです。